Touch Lab – タッチ ラボで紹介されていたタフなiPhoneケースが日本国内で販売開始されたらしい。
このケース、どのくらいタフかというと、「米軍の軍用規格「MIL-STD-810F」をもクリアした、最強の防御を可能とした、軍用グレードの保護ケース」(アマゾン)なのだそうだ。
上記Touch Lab – タッチ ラボのサイトにも貼り付けられている下記の動画は衝撃的である。
ハンマーで叩いても、車で踏みつぶしても、テニスラケットやバットやゴルフクラブで打っても大丈夫なのである。
あまりに衝撃的だったので、ちょっと考えてみた。
このようなものを作り出す精神とは一体何なのか。
ここにあるのは、壊れやすいものを絶対壊れないケースで守ろう、という精神である。
この、いかにもアメリカ的な精神を、日本文化は長い間持ち合わせていなかった。
私たちは、命あるものは必ず死ぬということを知っていた。
私たちは、形あるものは必ず壊れるということを知っていた。
だからこそ、
私たちは、そのはかない存在を慈しんできたのである。
桜は散るからこそ美しいと感じ、愛でてきたのである。
これを無常観という。
私たちは、その存在の命を永遠のものとしようとは決してしなかった。それが不可能なことを十分に知っていたからである。
存在は必ずなくなる。しかもいつなくなるかは誰にも分からない。
今、この瞬間かも知れないし、30年後かも知れないし、千年後かも知れない。しかし、
必ず、壊れ、なくなる。
だから私たちは、ただひとつのことだけをしてきたのである。
それは、その命を少しでも長らえるよう、その命を大切にし慈しむことである。
法隆寺を建てた宮大工は、それが千年もつように、木の心を知り、木の命を大切にして五重塔を建てた。
そして私たちは、その美しさを愛し、慈しんできた。
私たちは長い間、壊れやすいものを壊れないケースで守るという発想をとってこなかった。その代わりに、壊れないように丁寧に扱う、という心を育ててきたのである。
それでも、存在するものはいつかはなくなる。それが自然の摂理である。
私たちは、長い間、その自然の摂理に馴染もうとしてきた。
西行も芭蕉も「造化随順」を志した。
私たちは、決してそれを克服し、征服しようとはしなかった。
それが不可能であることを十分知っていたからである。
人間は自然には勝てない。存在するものは必ずなくなる。
私たちは長い間、自然に「勝つ」という発想をとってこなかった。
自然は征服すべき対象ではなく、畏怖しつつ愛でる存在だったからである。
存在を「永遠」にしようという発想をとってこなかった。
存在は、「永遠」を望むべき対象ではなく、今存在することを感謝し慈しむものだったからである。
私はこの文章をずっと過去形で書いてきた。
ここ数十年の間に、それが忘れられていったからである。
そして今回の東日本大震災は、それを思い出させてくれたはずだった。
しかし既にもう忘れられようとしているのかも知れない。
「世界一安全な原発」とは、その忘却の上にしか立脚しえないからである。
ちなみに私はこのタフなケースを買うことはないだろう。
なぜなら私はiPhoneを持っていないからである。
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