芭蕉は門人許六にこう言ったという。
いつとてもたれたれと俳諧するは、かやうの事と容易におもふ事なかれ。真ンに俳諧を伝える時は、我骨髄より油をいだす。かならずあだにも思ふ事なかれ。(『俳諧問答』「俳諧自讃之論」)
いつでも誰とでも同じように俳諧をする訳ではない。他の人とも、あなたと同じようにやっていると安易に考えてはいけない。特別な人にほんとうに俳諧を伝えようとしたときは、私は骨髄から油を絞りだすのだ、それを絶対にいいかげんに考えるなよ、というのである。
自分が特別な存在であったと言いたい許六の気持ちはここではおいておいて、おそらく芭蕉にはこのようなことがあったのだろう。もっともほとんどの弟子は、その芭蕉の覚悟をきちんと受け止めることはできなかった。師の骨髄より油を出す覚悟の教えを真正面から受け止めるには、自分も骨髄より油を出す覚悟で相対するほかないからである。
結局ほとんどの弟子は、師の変化についていけず脱落していったのであった。