坂口安吾に「ラムネ氏のこと」というエッセイがある。
小林秀雄と島木健作が小田原へ鮎釣りに来て、三好達治の家で鮎を肴に食事のうち、談たまたまラムネに及んで、ラムネの玉がチョロチョロと吹き上げられて蓋になるのを発明した奴が、あれ一つ発明しただけで往生を遂げてしまったとすれば、をかしな奴だと小林が言ふ。
と始まる。
すると三好が居ずまひを正して我々を見渡しながら、ラムネの玉を発明した人の名前は分かってゐるぜ、と言い出した。
ラムネは一般にレモネードの訛だと言われてゐるが、さうぢゃない。ラムネはラムネー氏なる人物が発明に及んだからラムネと言う。これはフランスの辞書にもちゃんと載ってゐる事実なのだ、と自身満々たる断言なのである。
そしてこのことをめぐり、文章は続く。
これがとてつもなく面白い。
それでいて、非常に深い人間の洞察を含んでいる。
(中)になると話は変わり、信州の奈良原という鉱泉での話になる。これが(上)以上に笑える名文である。そしてさらに深い人生の真実が語られている。
(下)は、伴天連(バテレン)達が「愛」という字の翻訳に苦労した話が語られる。
そして(上)(中)(下)は最後に見事に一つに結ばれてこの名エッセイは閉じられる。
坂口安吾のエッセイは非常にいい。
こういうのを名文というのである。
青空文庫で読めるのでぜひお読み頂きたいと思う。