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文学だけでは誤る

加藤典洋さんと橋爪大三郎さんの吉本隆明さんの追悼文を読む。
さすが、それぞれの個性が出ていて面白い。
前に読んだ竹田青嗣師匠は、吉本さんの核心を、加藤典洋さんは吉本さんの独自性を、橋爪大三郎さんは吉本さんの全体像を見事に描いている。

興味深かったのは、加藤さんが引かれた吉本さんの次の言葉である。

加藤さん、あなたは文学青年だったでしょう。そうでしょう? 私もそうだったんですよ。でも、文学青年だけではダメだ、誤る、と戦争で心の底からわかったんです、それが私の出発点なんです。(『新潮』2012年5月号235頁)

この言葉への返答のつもりで加藤さんが『戦後的思考』を書かれたというのにも驚いたが、この吉本さんの「青年だけではダメだ、誤る」というのをとても印象深く思いながら、橋爪大三郎さん・瀬尾育生さん・水無田気流さんの対談「羊は反対側に走っていく」(『現代詩手帖』2012年5月号)を読むと、そこでもやはり瀬尾さんが、

九〇年代初めの湾岸戦争のころ、吉本さんは「文学だけでは誤る」と繰り返し言われたんですが、(88頁)

と語っておられた。

なるほど。確かにその通りかも知れない。

文学はなくてはならないけれども、文学だけではダメだ……。

もう一つ加藤さんが毎日新聞(2012年3月19日夕刊)に書かれた「『誤り』『遅れ』から戦後思想築く」で述べられていたことが印象的だった。

転向論では、当時誰も頭の上がらなかった戦時中抵抗を貫いた非転向の共産党指導者たちをさして、「非転向であることなどにどんな思想的な意味もない」と全否定した。……これは当時、驚天動地の主張で、周囲はみな、腰を抜かした。

吉本さんの徹底ぶりがよく示されている。

ところで、最近、「ブレる」「ブレない」ということをよく耳にする。私はブレません、ということを自慢する人もいる。しかしブレないこと自体にはどんな思想的な意味もない、とちょっと吉本を気取って言ってみたくなった。
軽くてすみません。

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