「グローバルでイノベーティブ」な技術者で紹介した記事に次のような箇所がある。
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フミオ、とにかく彼らと働くのは効率が悪い。指示は曖昧。優先順位は付いていない。後先考えない頻繁な指示の変更に説明はない。社内だけに留まればまだ良いが、外で取引先や得意先からも同様の問題を指摘されるのは、競争が激しい中では死活問題だよ。
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アメリカにある現地法人のトップ(日本人)を批判したものである。
後半はともかく、前半の、「指示が曖昧」「頻繁な指示の変更(に説明がない)」という点が興味深かった。この方の具体的なケースはおいておいて、これを一般論として考えるととても面白いのである。
おそらく日本人トップの「曖昧で頻繁に変更される指示」は、昨日今日に始まったことではない。ずっと前からそうだったはずである。
ということは、日本が景気がよくて日本企業が強かった時代からそうだったのである。つまり、「曖昧で頻繁に変更される指示」ばかりであっても、日本企業は大丈夫だったということだ。そして、この「曖昧で頻繁に変更される指示」が原因で日本企業が弱くなったり、日本の景気が悪くなった訳ではないということである。
なぜトップの指示が「曖昧で頻繁に変更される指示」であっても日本企業がうまくいっていたかというと、現場の人たちの能力が極めて高かったからである。曖昧な指示であろうが、急に変更された指示であろうが、即座に完璧に対応できる能力が多くの日本人にあったのである。それが日本の教育の賜物だった。もちろん愚痴や上司の悪口は言っただろうが、それだけである。言われてる上司の方も、若いとき同じようにしてやってきたのだから、それでいいのである。
「曖昧で頻繁に変更される指示」が原因で、会社全体が悪い方向に向かうのは、現場の底力が弱い場合である。現場の力が弱い場合は、明確で細かい指示がなければどうにもならない。現場の一番下の立場の人が、臨機応変に的確な判断と行動ができない(やらせない)ことを前提に、トップが具体的で明確な指示を出す。グローバリゼーションとはそういうことだ。
先日の大学入試センター試験の1日めの朝、たまたま事務の方数人が試験場の点検をされているのを見た。そのとき、大変失礼ながらこの方たちがとても優秀なのに驚いた。何が優秀なのかというと、見る場所が実に的確なのである。例えば施設環境課の方は、入室する際、ドアクローザーをチェックし、入室するなり床、天井、壁等々のチェックをする。天井の空調のフィルタの僅かなズレを見逃さない。別の課の方は、他の場所を見ている。もちろん全体を見ている方もいる。
1日めが終了し、夜にまた点検をされた。
そして2日めの朝、私はまたまた驚いた。廊下のタイルがズレそうなところにきちんとテープが貼ってあったのである。私が1日めの夜そこを通ったのは、点検の後である。そしてそのときはタイルについて全く注意しなかった。ズレていたら気づいただろう。おそらくズレる可能性があった程度だったはずである。担当の事務の方はそれを見逃さなかったのである。しかも点検のときにはテープがなかったのだろう。試験本部が解散された後、彼は1人でそこにやってきてテープを貼ったに違いない。それは受験生が万が一ズレたタイルで滑りでもしたら大変だ、という心遣いであった。
翌朝、これもたまたま、入試課の方がそのテープについて、「○○さん、テープありがとうございました」と言っているのを聞いた。その方も朝点検していて、自分のいなかった夜遅くに何が行われたかに気づいたのである。
さてこの点検、トップからの指示は、「試験場の点検」だけである。チェックリストも何もない。しかし各人が「試験場としてあるべき状態」と「万が一にも起こりうること」を想定してできるだけ手を打っておくのである。その判断は現場の1人1人がやるのである。
そして何よりも大切なのは、もし具体的で明確な指示(チェックリスト)があったら、おそらくあの廊下にテープが貼られることはなかったであろうということなのである。
試験場の点検とグローバル企業の仕事と一体何が違うというのだろうか?
グローバリゼーションというものが、ごく一部の優秀なリーダーの「明確で具体的」な指示通りに現場の人が動くことを求めるのであれば、それは現場の底力など不要であるといっているのと同義である。現場の人は、リーダーの指示をきちんと実行しなさい、ということは、指示されなかったことは実行しなくてもいい、ということだからである。底力とは、まさに不慮の事態に際し、指示されていないことをその場の判断で行える力のことだからである。
底力のある組織のリーダーに必要なのは、高度な専門知識ではなく、「徳」である。そして「徳」のある人は、だいたいにおいて、明確で具体的な指示など出さないものである。ただ問題なのは、「徳」もなければ能力もない人も、明確で具体的な指示を出さないことだ。
それを見分けるのも、徳であり、見識なのである。
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