ホーム > 日記 > 憧れ

憧れ

  • 2011-07-30 (土) 8:48
  • 日記

ある高校の先生からメールが来た。

最近の生徒たちを見ていると、大人に憧れる気持ちがないようです。
日本では子供時代が楽しいというのもあるでしょうが、子供でいたがる気持ちがつよく、青年期に、大人へ成長しようというエネルギーを欠いたまま、静かに過ぎているように思います。

これは私の実感ともよく合っている。
子どもが大人になる契機を奪ったのは大人である。一つは「憧れ」。一つは「価値観」。まずは「憧れ」から。

「はやく大人になりたい」とか、「ああいう大人になりたい」という憧れが子どもたち、若者たちに薄いように、私も感じる。大人にならないと出来ないことが極端に減ったからかも知れないし、魅力的な大人が減ったからかも知れない。まあ、あまりにも幼稚で、疲れ切っている大人に憧れる子どももいないし。もちろん明るく元気で魅力的な大人はたくさんいるんだけど。

そういえば最近やや上昇傾向になったと聞いたが、少し前までは新入社員の出世欲が非常に低いという調査があった。ある新入社員が、疲れ切った上司を見て、10年後の自分の姿をそこに見て絶望した、と言っていたのを聞いたことがある。

憧れが薄ければ「学び」も薄くなる。武道においては、憧れがないと「学び」そのものが成立しない。「あの人のような技を自分もやりたい」「あの人のようになりたい」「あの人の境地に自分も達したい」という憧れだけが、確かな頼りである。目の前の師匠がその境地に達していなくても、かつてその境地に達した先人がいたということが信じられれば十分である。師匠にあこがれ、師匠が憧れている境地に憧れる。師匠への憧れと師匠の憧れへの憧れ、これが日々の稽古を支えるのである。

武道の稽古はしばしば理不尽なこともある。科学的なエビデンスなんてないことがたくさんある。もちろん結果に対する事前の保証などない。ただ自分の憧れる師匠がそうしているから自分もそうするだけである。たまに師匠が「こうしなさい」とおっしゃるからそうするだけである。師匠もまたそうして今の師匠になったのであり、そうする以外に今の師匠はあり得なかったからである。
最初は、護身術とか、喧嘩に強くなりたいとか、いろいろな理由で武道を始める人がいる。それはそれでいい。ずっと続けていると、最初の動機なんてどうでもよくなるからだ。何年も続けていると、師匠が到達した境地に憧れ、師匠が憧れている先人が到達したであろう境地に憧れ、師匠の憧れに憧れる。そのような憧れの構造だけが頼りとなる。

どうもその構造にどっぷりつかると、自分の個性がなくなってしまうとおびえる若い人もいるようだ。自分をまずしっかり保って、自分に足りない点を分析して、それを補強して、というのだろうか。大丈夫。全身全霊で憧れたくらいで、個性なんてなくならないから。そんなに簡単に捨てられるなら誰も苦労はしないのである。
個性と教育の話はまた別の機会に。

閑話休題。
大人が楽しそうに生き生きしている社会でないと、誰も大人になりたいと思わない。
年寄りが生き生きしている社会でないと、誰も歳をとりたいと思わない。
私もあんなお年寄りに早くなりたい。そのために今しっかりがんばらなくっちゃ。
若者にそう思われるような、そしてこのような年寄りになるために自分は今まで歳を重ねてきたのだ、と自分で思えるような年寄りに、私もなりたい。

さて、もう一つの「価値観」。
子どもと大人は違うという価値観は曖昧にしない方がいい。例えば、子どもだからしていいこと、悪いこと、大人だからしていいこと悪いこと、最低限の違いはなくてはいけない。
子どもは早く寝るものなのである。
当然子どもの方が不自由である。しかし不自由感がないところで、「自由になりたい」という欲望は強くはならない。やや過度くらいの適度な不自由感が、人間の欲望を鍛えるからである。

言葉も同じ。言葉ほど便利なものはないが、言葉ほど不自由なものもない。しかしその不自由さこそが、コミュニケーションへの欲望を強くするのである。

またまた話を戻そう。
吉田松陰ゆかりの明倫館小学校(山口県萩市)の卒業生によると、入学したての一年生のとき、松蔭の次の歌をクラス全員が暗唱させられたという。

今日よりぞ幼心を打ち捨てて人と成りにし道を踏めかし

もうあなたは幼子じゃないんだよ。これからは「人間」になるための道をしっかり歩んでゆくんだぞ!

ここにはしっかりとした価値観が表明されている。
それにしても入学したてのぴかぴかの一年生に、毎朝これを唱えさせる小学校って、いいですねえ。
今でもやってるのかしら。

ホーム > 日記 > 憧れ

カレンダー
« 2025 年 1月 »
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
最近の投稿
最近のコメント
カテゴリー
アーカイブ
リンク
中森康之研究室
武道部
俳文学会
現象学研究会

ページトップに戻る