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研究 アーカイブ

こんなんほしかった app

以前、こんなappがほしいと探したけれど見つけられず。
やや近いものを使っていた。

今回、たまたまみつけた。

Scapple

こういうのを探していたのです。

マインドマップ的に使う訳ではないのですが、ほんとうに使いこなせるかしら…。

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研究室配属説明会

今日は3年生への研究室配属説明会。

もち時間は5分。
今回は、「風立ちぬ」とハンナ・アーレントと原発事故の話をした。

兼務の私の研究室の定員は1名。
今年も学生が来てくれるといいな。

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図書館で『蝶夢全集』の展示

豊橋市中央図書館2階で、『蝶夢全集』の関連展示をやっていたと、昨年末ニシクボくんが写真をとってきてくれた。
DSCN4186

田中道雄先生の日経新聞の記事(「仏徒で俳人蝶夢の素顔」2013年11月15日)、図書館に所蔵されている資料とともに展示されている。記事には昔田中先生が豊橋に調査に来られたときのことも述べられている。

また「膨大な俳書あさる」と題して、蝶夢の句の収集の話も書いておられる。

何十人何百人の句が並ぶ膨大な数の俳書を繰り、蝶夢の句を見つけると、ノートに一つ一つ書き写す。今のような整備された書誌目録も少なく、コピー機も写真サービスもない時代だった。・・・こうして各俳書から集めた句は半世紀で700余り。

「半世紀で700余り」。文字で書けばたった9文字。しかしこの9文字にどのくらいの苦労と夢が詰まっているか。約50年間、全国各地の図書館の俳書を、1丁1丁(1頁1頁)めくって、蝶夢の句を見つけてはノートに書き写す。これを田中先生はたった1人で続けてこられた。「半世紀で700余り」。

私も編者の1人なので、本来このようなことを書くべきではないのだけれども、田中先生の夢の実現とそのご苦労について、少しでも多くの方に知って頂きたく、ご海容願う次第である。

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西村記念館

西村伊作の西村記念館にゆく(4月2日)。

西村伊作は、文化学院創設者。文化学院といえば、与謝野鉄幹・晶子夫妻、石井柏亭、小林秀雄といった蒼々たる講師陣を揃えた学校である。ルヴァン美術館で見た陶器もとてもよかった。そして『楽しき住家』の著者にして設計者。西村記念館はその西村伊作が設計した自宅である。

館長さんがとても親切にいろいろ説明して下さった。
ほんとうにありがたい。

シンプルだけれども、様々な細かい工夫が凝らされていた。
伊作の美意識と価値観を随所に具現化してる建物である。

記念館の斜め向かいにはやはり伊作設計のチャップマン邸がある。

この西村記念館は伊佐田町にあるが、年譜によると伊作が生まれたのは仲之町。実は私の母方の実家があるのも仲之町。なんと不思議なことか。祖父母あたりは伊作のことをよく知っていたはずである。生きている間に話が聞けなかったのが残念でならない。しかしこれが「とき」というものだろう。

私はこれまで自分の興味のままに研究を進めてきた。ずっとやっているのが俳諧。俳諧と言えば芭蕉。私の一番の専門は各務支考であるが、支考は芭蕉の高弟にして、思想的後継者である。実は私の父のお墓は、その芭蕉の生家のすぐそば、芭蕉の故郷塚のある愛染院と同じ寺町のお寺にある。

最近興味をもって調べているヴォーリズは近江八幡。妻の父はそのヴォーリズが教鞭をとった八幡商業の出身。実家も近くの大篠原である。当然義理の父方のご先祖様もヴォーリズのことを知っていたはずである。

そして西村伊作。

おそらくご先祖様は、それぞれ単に知っていただけではなく、何らかの関係があったのであろう。

かくして私の研究は見えない力に支えられた自分の起源を探る旅となったのである。

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久しぶりの新宮へ

久しぶりに新宮に行く。

途中で花の窟さんへ。

素晴らしいパワーです。

その次に西権現さんへ。

こちらもすごいパワーです。

元気を頂いて、いざ西村記念館へ。

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近江八幡2日め

近江八幡2日め。

午前中、ある方にお話を伺う。
これまた貴重なお話(すみません、まだ公開できません)。

その後、例によってクラブハリエへ。


いつもの飲み物


今回はこの3つ

その後、恒春園へ。

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近江八幡へ

ヴォーリズ建築の調査で、近江八幡へゆく。
今回は西窪くんの案内。

いろいろ貴重なお話を伺うことができてとても有意義な調査となった。
内容については、今はここには書けません(申し訳ありません)。

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「美濃路展」(二川宿本陣資料館)

二川宿本陣資料館の「美濃路展」にゆく。

二川宿本陣資料館では、これまでも東海道を中心に、交通をテーマとした企画展が多く開催されてきた。
今回は美濃路。

いい展示だった。
ぜひ多くの人に見てほしい。

驚いたのは無料配布されていた、オールカラー22頁の充実した図録。

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ディベート教育を疑う

日本の学校教育の中にディベートが取り入れられて久しい。かなり前から流行っているといっていいだろう。しかし正直に言うと、私はディベート教育というものに非常に懐疑的である。特に小・中・高校生にコミュニケーション教育の一つとしてディベートをやらせることに、素直に賛同できない。確かにそれによって生徒が身に付ける能力があることは否定しない。しかし、ディベート教育が本質的に持つ弊害がとても気になるのだ。

私はディベートは、他者と語り合うということ、表現するということの本質を損ねていると思う。

小林秀雄は講演「本居宣長」の中で、『パイドロス』を引き合いに出して、「対話」(ディアレティック)ということについて、延々と熱っぽく語っている。「心を開いて人と語り合う、その語り合う両方の心が通じるところに生きた知恵というものが飛び交う」のだと。それは日常会話における談笑の楽しさのことであるという。つまり小林は、お互いに心を開いて語り合うことの楽しさが対話の底には必ずあると考えているのである。

そして小林は、この対極にあるのが「レトリック」(=雄弁)だという。レトリックの中には、知恵の知の字もない、人を説得する術であって、それは真理とは何の関係もない、哲学にはレトリックというものは何の関係もないのだと述べる。哲学に必要なのは「対話」であり、お互い心を開いて真理を求めて語り合っているときには、相手を説得しようというような心は働いていない、というのである。さらに小林は、「対話」の最も純粋な形は「自問自答」であるとも言っている。

つまり、「対話」は双方が同じ方向を向いて、共通のあるもの(真理、共通了解)を求めてなされているのであって、決して相手と対峙しているのではない。そこにあるのは他者に心開かれた「自問自答」である。自問自答することによって自分の奥底に潜り込んだところから出てくる言葉が、お互いに心開いた場に出て来たときに、喜びも真理も共通了解も生まれる。そう小林は言っているのだ。

逆に言えば、自分の中に潜らず、自分がほんとうに信じていないことについては、本気で人と語り合いたいという動機は生まれない。それでも相手と議論したいという動機があるとすれば、そこにあるのは議論すること自体の快楽か、相手を説得できたときに得られる快楽である。そのとき「レトリック」は大きな武器となるだろう。

私がディベート教育に懐疑的なのは、人が他者に向かって表現することの動機、相手と心を開いて語り合うことの喜びを損ねているのではないかと思うからである。

思い切り息を止めて、自分の中の奥深くにダイブしてゆく。そこからかろうじて出て来た言葉、それはお互い心開いているという場でないと出せないような繊細な言葉であるが、ディベートの場ではそのような言葉は出てくることができないのではないだろうか。ディベートという場には、自問自答によって出て来た自分が本気で信じていることについて語り合うという「対話」の本質的な喜びが生まれる場がないように思うのである。

それはそれで別の場で練習すればいい。ディベートはあくまで論理的思考を鍛える場であり、人前できちんとディスカションできる能力を養成するものであると言われるかも知れない。あるいは私の知らないもっと崇高な教育効果があるのかも知れない。私も何度かディベートの実践を見学したことがあるが、そこで活躍した「優秀な生徒(学生)」と、その話題について後でもっとゆっくり語り合いたいとは思わなかった。

しかし、である。
実は最近というか少し前から、とにかく相手の論理の隙を突くことを最優先にし、突っ込みどころがなくなったら私はそれを信じますというマインドをもった学生に遭遇することがしばしばある。論文などの検証にはそれも必要だが、私は「対話」をしたいのである。授業でも、「対話」をしたくて学生に心開いて語りかけても、その学生はディベートマインドでこちらに対峙する。そうしなければならないと思い込んでいるのだと思う。私に説得されたら負けだと思っているのかも知れない。

前提つきの限定された練習であっても、よほど注意しなければそれは一般化されてしまう。ましてそこで上手く行った方法ならば、それをつい別のところでも汎用してしまうのである。「科学的思考」がそうである。これも小林が再三注意しているが、「科学的思考」はある限定された範囲では非常に有効である。しかしそれは「万能」ではない。しかし今、科学的思考、科学的エビデンスがなければ信じないという風潮が蔓延している。少し話がそれた。この問題はまた改めて。

表現することのほんとうの喜びの喪失、心を開いて他者と対話するのでなければ感じられない喜びの喪失、これらの原因にディベート教育が何らかの影響を与えているのではないことを願うばかりである。

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「日本人は石頭の形式主義者・・・」

中村健之介『宣教師ニコライとその時代』(講談社現代新書)を読む。

次のようなニコライの日記が引用されていた。

日本人は石頭の形式主義者だ。しかし、それが日本人のよいところでもある。かれらは法律を一点もないがしろにせずに守る。江戸時代の厳格な体制が日本人をこのようにしつけたのだ。(1904.2.4/17)259頁

翌年の日記にもこうある。

疑いもなく、この点では、ロシアは日本を模範としなければならない。とはいうものの、もしロシアの〈裁量〉を取り入れることによって、日本の形骸化したやりかたをいくらかでも活性化するならば、日本はおおいに得をすることになるだろう、ということも言っておくべきだ。ーその〈裁量〉は、いまロシアに蔓延しているような、限度を知らない、めちゃくちゃな、勝手極まる裁量ではなく、良識のある、事情をよく勘案する裁量ではあるが。(1905.7.19/8.1)261頁

さてさて、現代の日本をニコライが見たら何と評しただろうか。

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