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武道部 アーカイブ

稽古の心構え

 昨日の稽古に行ったら、杖の稽古をしているところだった。受けの粘りの感覚が分からないようだったので、少し手本を見せてから、「約束組手でやると分かりやすいよ」ということで、約束組手になった。すると面白いことが起こった。
 だんだんと意識が違う方を向きはじめたのである。 最初は全員が粘る感じを確かめていた。みなそこに意識を集中していた。だが、そのうち別のことを意識し始める者、漫然とやりだす者が出てきた。隣でそういう者が出ると、すぐ移るので、だんだん増えていった。ちょっと長めに時間をとって見ていたが、最後まで粘る感じを確かめながら稽古していたのは、ほんの数人である。もちろんこの数人が、現在武道部で一番上達している部員である。
 一度止めて、ひとりずつ技を見せたあと、何を意識しながら稽古していたかを言った。正直に言った者もいれば、嘘をついた者もいたが、その前に技を見せているので、ほとんどの者には分かったはずである。 
 武道の稽古は自問自答(自感自答)が大切である。ある感じを求めて、ああでもない、こうでもない、これならどうだ、という繰り返しである。これをやっていると、見た目には同じことを繰り返しているように見えるが、本人の中ではそうではない。すべて別のことである。だから楽しくて飽きないのだが、ただ漫然とやってる人は、同じことの繰り返しになってしまうので、すぐ飽きる。
 何度も何度も三戦をやる。基本をやる。巻藁を突く。同じ技を稽古する。外からは同じに見えても、本人は同じことを繰り返している訳ではない。この楽しみを味わえるようになることが、武道における上達なのである。
 このブログにも何度も書いているし、稽古でも言っているので、全員そんなことは百も承知である。だが西岡さんがいうように、「そんなん知ってますわ」では何の役にも立たない。
 よく基本を繰り返し稽古することが大切だと言われるが、どうも誤解している人が多いようだ。
 一見同じことの繰り返しに見えることを、全て別のことと感じて楽しめる心。これが武道の稽古の心構えであり、この心を身につけることが上達の秘訣である。

持てない手

 今日は大学主催のリーダーズ研修会(各サークルの現部長と次期部長候補の研修会)に4人参加しており、欠席。うち二人は武道部以外の部としての参加で、武道部員が他のサークルでも信頼されていることが伺われる(しかし兼部とは大変ですね)。

 今日は全員に三戦、茶帯に砕破を教えた。昔は入門したら2年も3年も三戦ばかり稽古したという話をよく聞くが、三戦はそれほど大切な形である。しかし「大切だ」と頭で分かっていても、続けられない者も多い。三戦を、そして武道を続けるコツは、その都度の状態を敏感に感じ、それと対話し、またやって感じる。その喜びを味わえる感性を育てることである。というよりも、三戦をやっていると自然と育ってくる。余計なことを考えて、その邪魔をしないことである。
 何度も何度も、そして何年も何年も三戦をやっても、新しい感覚があり、新しい発見があり、新しい喜びがある。もちろん新しい困難も。これが面白くて面白くて仕方ない。
 そしてその面白さが、帯が上がるに従って増してくるのである。白帯も色帯も黒帯も、ぜひ味わって欲しい。

 もう一つは、茶帯の砕破。仄聞するところによると、池尾部長は、リー研に行くのを嫌がっていたらしい。今日、茶帯に砕破を教えることを知っていたからである。そして1回抜けることの大きさを十分認識しているということである。

 もちろんそんなことは一言も言っていないのだが、武道部の長期的な稽古の流れと私の指導方針、性格などを考えれば容易に想像がつく。池尾部長もそれが分かるようになり、かつ先回りして考えられるようになったということだ。嬉しい限りである。
 これまでのことを総合的に判断して、これから何が起こるかが予想できること(本当は「予想」ではないのだけれど)、これは武道には不可欠である。毎回の稽古にそういう参加の仕方をしている部員とそうでない部員がいるが、差は歴然としている。
 そういえば、今スイスのバーゼルにいる荒川くんは、黒帯の稽古会には、いつでも稽古内容を予想して参加していた(黒帯の稽古会では、数週間前にテーマが知らされる)。もちろん私にはそれを満足させ、かつその予想をよい方に裏切ることが課せられていた。これがなかなか楽しいのである。
(荒川君、留美子さん、演武会へのメッセージとお菓子ありがとう。パーティーでみんなで美味しく頂きましたよ~)

 閑話休題。茶帯に、掴まれた手を外す約束組手を説明していたとき、いつものようについ調子にのって、「持てない手」をつくってみた。すると石井くんが、「これは……」と言って動かない。「これは……、掴めません……」。何も感じない人は、とりあえず掴むことはできるのだが、武道の感度が上がると、掴めなくなるのである。
 1年とちょっとでここまで来るとは、びっくりである。

第5回演武会

 何度もこのブログに書いてきたが、7月11日の第5回演武会が無事終了した。
 善し悪しは見に来て下さった方が決めることであるが、現部員も、修了生も、ほぼ全員、現在の持てる力を全て発揮出来た。あれ以上は現在の武道部にはできないだろう。もちろんそれぞれ細かいミスもあったが、それも含めて、現在の力を出し切ったと言っていいと思う。

 何より良かったのは、今回の目標だった「気持ちのいい全身全霊」が、それぞれのレベルで精一杯出せていたことである。会場の空気、お帰りになるお客さんの顔、アンケートを見ても、十分それが伝わったようだ。

 私も会場で見ていたので、全ての演目についていろいろ書きたいのであるが、少しだけ。
 やはり何と言っても吹奏楽団とのコラボが、非常に見応えがあった。私は会場の一番後ろで見ていたが、天地人の基本と三戦はみんなの気迫が会場中に行き渡っていたし、今回私が最後の最後まで追い込んだ來原さんと絵実子さんの制引鎮は感動的だった。二人が見事に調和していた。しかも、こんな感じは初めて、という感覚にしてくれる調和だった。ほんとうにいいものを見せてくれたと思う。
 裕子さんの十三手も、それをうまく引き継いでいたし、彼女自身の気持ちもこれまでとは全く違っていたので、それがうまく表現できていて、とてもよかった。
 武道部と吹奏楽団が、それぞれ刺激しあって、調和して、非常にいい空間を作り上げていた。アンケートのほとんどで、良かった演目に上げられていたことからも、それがよく分かる。

 大懸館長も去年とは全く別人の演武だった。本人はあまり気づいていないようだが、ここ1年の成長は目覚ましく、今、まさに大切なものをつかみかけている。たぶん上手くつかんでくれるだろう。飛躍する日も近い、と思う。
 豊川くんも、余計なことを一切考えず、演武会に溶け込んでいたように思う。彼は幸せ感にあふれていた。これまで色々あったこともあり、あの場にいられる幸せを一番感じていたのは、間違いなく彼だった、と思う。そばにいるだけで、こっちまで幸せになって、非常によい三戦体になれた。豊川くん、ありがとう。

 そしてやはり実行委員長の幸美さんが一番頑張ってくれた。実行委員長の重責を担いながら、自分の独演もやり切った。演武会全体に気を配りながら、自分の演武にも集中することは、とても難しいのであるが、ヌンチャク独演、そして空中に浮かぶ風船を割るという高度な試割も見事に決めてくれた。すばらしい集中力だった。といっても、彼女はまだ武道歴1年2ヶ月なのである。これを糧に、ますます成長してくれるだろう。

 もちろん、はじめにも書いたが、それぞれに色々なミスをしている。しかりその足りないところを知ることも、演武会の大きな目的のひとつである。自らの足りないところを克服するために、またこれから一人一人が地道に稽古を続けてゆくだろう。
 数年前、武道部は、それまで年1回だけ出ていた試合に出るのをやめた。他人と競うのもやめた。試合に出ることのメリットもよく分かっているが、それでもやめた。今の自分をしっかりと見据え、成長させるための地道な稽古をするためだ。そこにあるのは、自問自答である。それは困難な道ではあるが、実に楽しい道なのである。一端その味を知ったら、もうやめられないのである。
 だから明日からまた武道部はいつものように週2回、いつもの稽古をするのである。

 会場にきて下さった方、どうもありがとうございました。皆様の温かい心が、部員を勇気づけ、力を与え、これからも頑張ろうという気持ちにして下さったと思います。心より御礼申し上げます。
 
 演武会終了後は恒例のホテル日航豊橋での同窓会をかねたパーティー。やはり29階ラメールからの眺めは最高です。今年は修了生もたくさん来てくれて、とてもいいパーティーでした。
 そこでなんと、みなさんから誕生日プレゼントを頂きました。それも、尊敬する亀仙人師匠ばりのアロハシャツと半ズボン。感謝感激です。あんまり嬉しかったので、翌日早速着てみました。甲羅は、今度自分で作ります。 
aroha.JPG
 

最高潮!

 演武会を土曜日に控え、武道部の空気は最高潮です。白帯も色帯も黒帯も、全員演武会モード全開です。私も全開になってしまって、調子にのって稽古後、知里さんに技をかけまくって遊んでしまいました。「知里さんが豊川君になってしまいました!」と誰かが言ったとか言わないとか。
 武道部演武会史上最強の演武会、これが今年の目標です。この調子でいけば、達成されることは間違いない。あとは油断せず、最後の最後まで、稽古あるのみです。
 まあ、毎年言ってるんだけどね。「武道部演武会史上最強」って。目出度く今年で5回めです(^^)

 でも本当に今年の演武会は、今までにない演武会になると思う。私はそう信じている。

特別講習会

5日。
制引鎮特別講習会。
非常に楽しい稽古だった。
最後に演武会用に、絵実子さん・央さんが制引鎮、裕子さんが十三手、鶴岡くんが十八手をやる。全員かなりよかった。
その後、私が、制引鎮、十三手、三十六手、壱百零八手を一人でやる。
結構、頑張りました。が、とても楽しい時間でした。

いよいよ

 いよいよ定期試験も終了し、武道部は演武会モード全開になってきた。
 みんな気合い十分である。特に色帯。ちょっときっかけを与えるだけで、ますますよくなる、打てば響く状態まできた。一部をのぞいて、色帯がこのレベルまできたのは、彼らが入部以来始めてのことである。一年とちょっと、大畑くんは二年とちょっと、私はずっとこれを待っていたのである。特に大畑くんの気合いはよかった。彼は「全身全霊」の意味が分かったに違いない。
 あと一週間、全員もっと良くなるだろう。修正箇所も修正され、当日は今回のテーマである「全身全霊」を見せてくれるに違いない。
 白帯も大分元気が出てきた。新入生らしい、ぴちぴちした演武を期待している。
 黒帯も例年以上の質に仕上がってきている。あとは私だけである。 
 実は5周年記念演武会にあたる今回は、これまでの武道部の集大成だと考えている。黒帯にもかなり高い要求をした。私自身も密かにある覚悟をもってのぞんでいる。
 いよいよ在学生も卒業生も、その期待に応えてくれるレベルにまできた。高い志と夢と希望をもって、武道部は一丸となって演武会に向かっているのである。
 当日は、今の武道部の実力の全てを見ていただけるだろう。今の武道部の実力ではこれ以上は無理だという限界まで。そしてそれこそが私が考える武道の価値であり、「全身全霊」の意味なのである。
 武道部員以外でこのブログを読んで下さっている方は、ぜひ今時の若者の「全身全霊」を見てやって下さいませ。

不覚(ちょっと修正版)

 今日の稽古で、部員が振っていたヌンチャクが、自分の顔に当たって切ってしまうということがあった。私がもう少し気合いを入れて空気作りをしていれば防げたかもしれない。
 何度も書いているが、今、みんなギリギリのチャレンジをしている。もっと、もっと、とレベルを上げてゆくということは、それだけ危険度が増すということである。今回もほんのちょっと触れた程度なのである。もう少し前だったら「痛!」ですんだだろう。それゆえ稽古中の集中力、気合いは、よほど高いレベルが要求される。
 もちろんそんなことは知っていたが、私の中に油断があったのである。本人も試験勉強とレポートで疲れていたのか、今日はいつもの「いい感じ」がなかった。それだけに私の不覚である。深く反省している。
 だが、本人は、これを契機にもっと厳しく、もっと切れのあるヌンチャクが出来るようになるだろう。ヌンチャクだけではなく、どの稽古にも今までと違った厳しさが出てくるはずである。
 私ももっと厳しくならなければならない、と思う。でなければ、いずれこの甘さが武道部の命取りになるだろう。

第11回黒帯の稽古会

 昨日、第11回黒帯の稽古会が豊橋であった。今回のテーマは「形における気の流れ」。午前中初級編、午後上級編である。いつもは説明して、全員で稽古して、全員が「できた!」と思って帰れるようにしているのだが、今回はすぐにできないことは分かっていたので、達成感を少し犠牲にして、説明と見取りの時間を多くした。そういう意味でいつもとは少し違った稽古会だった。
 午後は、演武会で演武する者を教材にして解説指導を行った。先週の制引鎮特別講習会から始めた新しいOSでの形である。混乱しながらも全員、新しいOSで動きつつある。このままうまく稽古を続けると新しいOSがうまく機能するようになるだろう。
 とりわけ絵実子館長の制引鎮と裕子さんの十三手はかなりよい。絵実子館長は少し前から既に変化していたし、裕子さんは今回、劇的に変化した。
 大懸館長のサイもだいぶ掴みかけており、今までとは全く違うものになりつつある。豊川君が言っていた「瑞々しい躍動感(ぴちぴち感)」がでてくれば更によくなるだろう。いろいろなことを吹っ切って、今、この場で、この体がサイを振っていることの喜びが体の奥から湧きだしてくるといいと思う。
 鶴岡君は今回、初の独演でとても張り切っている。OSの入れ替えで一番混乱しているが、ここ2,3年伸び悩んでいたので、今回を契機に飛躍してくれることを期待している。大懸館長同様、少し掴みかけてきているので、楽しみだ。
 もう一人、一番苦労しているのが央さんだった。制引鎮は全国大会でも優勝した彼女の得意形だが、何しろ今回は、彼女が武道部に入った頃、その全国大会で何度も優勝を分け合っていた絵実子館長と裕子さんという、憧れの二人との共演なのである。
 しかも先週は絵実子館長のキツーイ教育的プレッシャーの洗礼を受けた。みんなで制引鎮をやったあと感想を求められて、絵実子館長が「この中では知里さんが一番うまい」と言ったのである。その場にいたほとんどの者は、その感想を額面通りに受け取ったが、本当は央さんに、「このままでは一緒に制引鎮できないよ。もっと上達しなさい」というメッセージを送ったのである。さすがに央さんは、そのメッセージをきちんと受け取った。だがエライのはその後である。落ち込んだり卑屈になったりしないで、その後すぐに絵美子館長に教えてもらいに行ったのである。絵実子館長も熱心に指導していた。たぶん嬉しかったと思う。
 私はそういう絵実子館長の厳しい優しさと、央さんの素直な心構えをとても尊敬している。どちらも私にはとても真似できない。
 さて、その央さんは、今回の稽古会で、大切なことを思い出し、新しく掴み直して帰ってくれた。もう大丈夫である。

 始めに書いたように、今回は、充実感を少し犠牲にしたのであるが、それでも懇親会での感想会(黒帯の稽古会では、懇親会も稽古である)や、帰宅報告メールなどによると、全員楽しく稽古をして、元気になって帰ってくれたみたいなので、安心した。今回初参加の豊川君も、とても喜んで帰ってくれたようだ。黒帯の稽古会は、来て良かった、稽古できて幸せだ、生きててよかった、と感じられるものにしたいと思っている。それを今回、感じ取ってくれたようである。それにしても豊川君が書いたスケッチにはびっくり仰天した(それについては内緒です)。

 今回は、試験勉強中にもかかわらず四国から西野君が来てくれた。それ以外にも、九州、大阪、三重、名古屋、愛知県各所から参加してくれた。みんな武道が好きで、黒帯の稽古会が好きで、とても生き生きと稽古できた。そして稽古後は、またそれぞれの日常に戻っていった。
 そんな素晴らしい仲間と稽古できて、とても幸せな一日だった。

特別講習会

 一昨日は卒業生のための制引鎮特別講習会だった。
 始めに全員で1回流してみて、そろそろ時期が来たと思ったのでレベルを上げた。今回は武道OS論でいうと、いつものマイナーバージョンアップではなく、メジャーバージョンアップである。つまり、次世代OSを再インストールしたのである。
 ちょっと面白いくらいに、全員が混乱していた。当たり前である。OSを入れ替えたら、それまで動いていたアプリケーションはもう動かない。つまり、心身の意識から使い方から、全てを総入れ替えしなければならないのである。
 だが講習会の最後には、全員が見事に技を決めていた。頭の混乱とは裏腹に、武道的な心身を練る形ができるようになってきたということである(しかもあの技は、前日私が初めてやって見せて、みんな驚いていた技なのだよ)。
 演武会間近のこの時期になんで? と思った者もいたかもしれないが、私にはそういうことは関係ない。何をやるかはあらかじめ決めていかず、その場で感じて決めるからである。始めに全員で1回流したとき、「よし、メジャーバージョンアップしよう」と思ったのである。もしその時、「演武会終わってからにしよう」と思ったら、その日の稽古会が充実した楽しいものにならないし、演武会までの期間、最善を尽くすことにならない。もちろん少しは現実的な判断をするが、基本的にその場を最善にするために、論理的思考よりも、その時その場で感じた感性を優先させることにしているのである。
 多分もう既にいくつも不具合が出ているだろうが、幸い来週は黒帯の稽古会があるのでアップデートできるのである。

小3に学ぶ

 尚志館で小3の道場生の三戦の指導をした。今度の演武会で独演をする予定である。
 「難しい~」と言いながら、言われたことを直そうと意識していた。前にも指摘されたことを言われた時は、「あ~、絵実子先生に言われたこと、もう忘れてた~」と悔しがった。いい心構えである。
 彼は一年生の時、演武会のビデオを毎日繰り返し見ていたという。見様見真似でいろいろやって見せていた。これが実によく見ているのである。
 少し前までは稽古中に泣くこともあったが、最近は心が強くなった。この強さと、心構えと熱心さによって、最近めきめき上達してきた。何より体の使い方がとてもよい。おそらく絵実子館長の動き、それも普段の歩き方などをよく見て真似したのだと思うが、見ていてとても勉強になった。
 ここのところちょっと考えていたことがあったのだが、彼の動きがその答えを教えてくれた。もちろん本人の預かりしらぬことだが、私は小学3年生の道場生に、とても大切なことを教えてもらったのである。
 もちろん普段から教えることによってこちらが学ぶことは沢山あるが、今回ばかりは、彼の形から私自身がダイレクトに学んだのである。
 しかしそうやって振り返ってみると、同じようなことはこれまでもあった気がする。今回のことがあるまでそれを意識していなかったということは、相手が小学生だと思ってちょっと傲慢になっていたのだろう。

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