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人間力養成研究会4
人間力養成研究会2日めの第2部は活動報告。
わたくしも少しだけお話をする。
児玉英樹氏(長野高専)
三橋和彦氏(佐世保高専)
内田眞司氏(奈良高専)
笑ってます
真剣です
野毛悟氏(沼津高専)
高橋利幸氏(都城高専)
山田誠氏(函館高専)
岩崎洋平氏(熊本高専八代キャンパス)
今回も、楽しくかつ激しいディスカッションが繰り広げられました。
さて、この後は第3部、招待講演。
その模様は明日にして、ひとまずポスターを作ってくれた幸美さんのピース。
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人間力養成研究会2
5日第三部は【招待講演】。
堀内亨氏(ヤマハ発動機株式会社元技員)
「ものづくりの現場とは何か-現場に求められる人間像-」
堀内さんは、国際レースのメカニックや、新しいバイクの開発などをずっと現場でやってこられた方である。氷上を走るバイクも開発された(今、アラスカで走ってるそうである)。パリダカ完走のバイクも手作りされた。若い頃、あの伝説の名車トヨタ2000GTを組み立てた。今でも図面なしで手作りでバイクを丸ごと1台作り上げることができる手を持っておられる方である。退職の送別会では、世界中から人々が駆けつけて、3回に分けてやらないと会場に入りきれなかったほどの方である。
多勢の前で話すのは初めてだと言いながら、いきなり場を支配された。
笑いあり。
深く考えさせられる話あり。
ドリルの先はどうなってますか?
なぜ作業帽をかぶるのですか?
作業帽の正しいかぶり方は?
現場ではなぜ作業服を着るのですか?
自分は答えは言わない。自分で考えさせる。聞きにきたら教える。
他人から見て整理されている現場と、ほんとうに使われている「いい現場」とは全く違う。先日中森先生の研究室にお邪魔したときも、真っ先にそれを見た。
恐るべし。
やはり「現場」からの言葉には、迫力がある。ものづくりとは何か。ものづくりの現場とは何か。それを深く考えさせられた。
質疑応答になると、会場の方に入って行かれた。
答えは言わないといいながら、ヒントをたくさん出して下さった。
実際に作業服を着せての説明
質問者に歩み寄り、しっかり目を見て語られた。
このような講演者は見たことがない。
「私は講演のルールを知らない。だからルール違反をたくさんしただろう」とおっしゃった。たしかにそういう言い方をすればそうかも知れない。しかし、講演の常識にとらわれない、すばらしい講演会だった。このような講演を聴けた人、特に学生は幸せだ。
終了後は例によって懇親会。
いつもお世話になってる大鯛さん。
店長の差し入れです。
講演会から参加の江本さん、大懸さんと。
私もツーショット
この後、有志で二次会へと突入。
という訳で、第1日め無事終了。
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ひさしぶりだねぇ~
1日、土曜日、加藤さんは私に、
ひさしぶりだねぇ~
とにこやかに言って下さった。
加藤さんとは、1年ぶり、昨年の日文協のシンポの後の竹田師匠とのジュンク堂での対談「日本のロックを批評するということ」以来である(その模様はこちら)。
加藤さんは親しみを込めて言って下さった。だからとても嬉しかった。
しかしその一方で、私は「自分は今まで何やってたんだ?」と思った。まだ加藤さんの前にきちんと立てていない自分を思った。きちんと立ちたいと思った。
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日本文学協会第67回(2012年度)大会・続
日文協大会の続き。
レジュメから加藤さんは本領を発揮されていた。
噴水の譬喩も絶妙だった。さらに最後にこう書かれていた。
そこを見誤ったら、学生、生徒が気の毒だ。それが、国語教育の自戒であるべきだろうというのが、この場に提出してみたかった私の考えです。
これはつまり、「あなたたちに教えられている学生、生徒が気の毒だ」ということである。もちろん加藤さんはそう明言されている訳ではないが、そう読まないと加藤さんを呼んだ意味がない。
国語教育のシンポジウムの怖いのは、パネラーが普段どのように学生(生徒)に語りかけているかが露わになることである。授業と講演は違うという言い訳は通用しないのである。さすがに加藤さんは、こういう授業をされているのだなあという、熱意の籠もった講演をされた。その言葉は確実に他のパネラーにも届いていたことは、その表情が物語っている。
「その理論に刺激を受けたら、それに抗え!」と加藤さんは言った。川の流れにのって下っていったら、その人の力が十二分に発揮されない。川の流れに抗っているときにこそ、その人の力が発揮できる。持っている力を十二分に発揮できないような仕事の仕方をしてはいけない」と。これには参った。自分は知らないうちに楽していたのではないか、そう思った。
シンポジウムの最後の方で、「(ここは)スターリニズムみたいだ」と言い放った、加藤ゴジラ。圧倒的な存在感だった。この大会の記録が載る「日本文学」は必読だ。
それでもフロアには結構共感者がいた模様である。西、竹田、加藤と三年連続で呼んだ意義がこれからどういう形で展開するのか、とても楽しみだ。
盟友山内さんも来られていた。終了後、3人でお茶。
院生時代、私はを加藤さんのひとことで救われた。このことは大分前にブログにも書いた(こちら)。今回また私は加藤さんに救ってもらったかも知れない。
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日本文学協会第67回(2012年度)大会
日本文学協会第67回(2012年度)大会に行く。
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国語教育の部
テーマ〈第三項〉と〈語り〉――ポスト・ポストモダンと文学教育の課題――
シンポジウム
喜谷暢史氏(法政大学第二中・高等学校)・十九日間の〈物語〉から〈小説〉へ――村上春樹『風の歌を聴け』再読――
丸山義昭氏(新潟県立長岡大手高等学校)・〈物語〉の〈語り〉、〈小説〉の〈語り〉――『走れメロス』を例に――
加藤典洋氏(早稲田大学)「理論と授業――理論を禁じ手にすると文学教育はどうなるのか」
討 論 司会 相沢毅彦・川嶋一枝
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一昨年の西研さん、昨年の竹田青嗣師匠に続いて、今年は加藤典洋さんの登場である。思えば院生時代、ポストモダン・テクスト論に走る日文協を横目に、自分のまわりの人たちに、特に竹田師匠の話を熱心に語っていた。「お前の話は10年遅れている」と非難されながら。ある人には、「こういう論文書いたら載せてくれるのに、それをやらないなんてバカだ」と言われた。
しかし当時の私に彼らを納得させられる力もなく、「お前ら10年後に同じ事言えよ」と思うのみであった。当然のごとく私は日文協には入らなかった。私が入会したのは、ずっと後、大学に専任の職を得てからであった。
そんな私にも、数年前委員という役割がまわってきた。委員にはシンポジウムで呼びたい外部の方などのアンケートが来た。私はどうせ無理だろうと思いながら、竹田青嗣や西研の名前を書いていた、と思う(ほんとうはよく覚えていない)。はっきり覚えているのは、内田樹さんである。内田さんが来て、レヴィナスの他者論をきちんと説いてくれれば、きっと通じる人もたくさんいるに違いないと思ったからである。私の意見がどのくらい効果があったのか知らないが、果たして内田樹さんはやってきた。それは2007年11月25日だった。だが内田さんは武道的感性によって、瞬時に場の空気を感じ取られ、対立を生まず、いい空気のシンポジウムにされた。その時のことをご自身がブログに書いておられる(こちら)。つまり内田さんは、「日本の文学研究は「主体が語る」という近代主義のパラダイムから「他者が語る」というポスト・モダンのパラダイムにしっかり移動中のようである」ことに「びっくり」されたものの、このブログに書いてあるような話を「したわけではない」のである。もっとも当日出席した私の記憶によれば、そういう話をされたと思う。しかし分からない人には分からないように、分かる人には分かるようされたのであった。それは内田さん一流の場の創造だった。
さて、それからしばらくして、一昨年、西研さんが登場された。このときは私は委員でもなんでもなかったので、全くの無関係であった。このときの西さんの素晴らしい講演についてはこちらに書いた。西さんは内田さんとはまったく違う仕方で、その場を作り上げられた。まさしく圧巻であった。
そして昨年は竹田師匠が登場。そのときの模様はこちら。竹田師匠はまた、竹田師匠でなければできない仕方で、シンポジウムを仕切られた。
西、竹田ときて、今年満を持して登場されたのが、加藤典洋さんである。
ちょっと長くなったので、続きは明日。
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ヴォーリズ『吾が家の設計』
研究室の輪講はヴォーリズ『吾が家の設計』。
「個性」に関する考え方など、ちょっと首肯しかねる考えが結構述べられている。もちろんなるほどいうところもある。
おそらくヴォーリズ建築の魅力は、彼が意識的に考えたところ以外から出ているのであろう。創造とはそういうものなのでそのこと自体は驚くに値しないけれども、しかしそうすると、ヴォーリズ建築の魅力が一体どこにあるのかということが、いよいよ気になってくるのである。
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卒研
学部生の卒研もいよいよ大詰め。12月6日が提出である。
今年はじめて卒研指導をしたが、ほんとうに勉強になった。
しかも工学部建築・都市システム学系の専門の卒研である。
論文というものの考え方から、研究手法、研究目的、「業界」の常識など、全く違うのである。
それら全てを含めて、ほんとうに勉強になった。
しかし何より勉強になったのは、「教育」ということである。
とても素晴らしい研究をし、そてもすばらしい卒論を書いた学生がいる。私はほとんど何もしていない。おそらく私が余計なことをしたら、その論文は出来なかったであろう。私はただ毎週、その学生の報告を聞いて、思いついたことを好き勝手言っていただけである。これが「オーバーアチーブ」というものだろう。私はそれを狙った訳ではなかった。ただ結果としてそうなっただけである。もうすぐ完成。とても楽しみだ。
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「ラムネ氏のこと」
坂口安吾に「ラムネ氏のこと」というエッセイがある。
小林秀雄と島木健作が小田原へ鮎釣りに来て、三好達治の家で鮎を肴に食事のうち、談たまたまラムネに及んで、ラムネの玉がチョロチョロと吹き上げられて蓋になるのを発明した奴が、あれ一つ発明しただけで往生を遂げてしまったとすれば、をかしな奴だと小林が言ふ。
と始まる。
すると三好が居ずまひを正して我々を見渡しながら、ラムネの玉を発明した人の名前は分かってゐるぜ、と言い出した。
ラムネは一般にレモネードの訛だと言われてゐるが、さうぢゃない。ラムネはラムネー氏なる人物が発明に及んだからラムネと言う。これはフランスの辞書にもちゃんと載ってゐる事実なのだ、と自身満々たる断言なのである。
そしてこのことをめぐり、文章は続く。
これがとてつもなく面白い。
それでいて、非常に深い人間の洞察を含んでいる。
(中)になると話は変わり、信州の奈良原という鉱泉での話になる。これが(上)以上に笑える名文である。そしてさらに深い人生の真実が語られている。
(下)は、伴天連(バテレン)達が「愛」という字の翻訳に苦労した話が語られる。
そして(上)(中)(下)は最後に見事に一つに結ばれてこの名エッセイは閉じられる。
坂口安吾のエッセイは非常にいい。
こういうのを名文というのである。
青空文庫で読めるのでぜひお読み頂きたいと思う。
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寺田寅彦「科学と文学」
今日の国文学2は、先週に引き続き寺田寅彦の「科学と文学」。
今日の範囲は「言葉としての文学と科学」、「実験としての文学と科学」。
文学が言葉であると同じように、科学も言葉である。
ここで問題である。次の文章の【 ① 】には、科学(論文) 文学(小説)のいずれが入るだろうか?
吟味が充分に行き届いた【 ① 】であれば、それを読む同学の読者は、それを読むことによって作者の経験したことをみずから経験し、作者とととに推理し、共に疑問し、共に解釈し、そうして最後に結論するものがちょうど作者のその著によって発表せんとした内容の真実性とその帰結の正確性とを承認するのである。
答えは、「論文」。つまり、これは科学について述べた文章なのである。しかしここに「小説」と入れても何ら違和感はないのではないだろうか。ここに記述されている体験が、村上春樹の小説を読んだ読者の体験の記述であったとしても。
寺田は、科学は言葉であるという。その意味は、言葉である以上、科学はは必ず表現されなければならないということである。つまり、他者に向かって表現されて、だれでもがそれを読むことが出来て、追体験できるのでなければ科学ではないのだと。
ある学者が記録し発表せずに終わった大発見というような実証のないようなものは(略)科学界にとっては存在がないのと同等である。
つまり、寺田が言っているのは、科学とは言葉であり、言葉である以上、表現されなければならない。そしてそれが読者による追体験、つまり検証に耐えるものでなければならない、ということである。ここでカール・ポパーの「反証可能性」を思い出すのは私だけではないだろう。
さらに寺田はこう続ける。
もっとも読者の頭の程度が著者の頭の程度の水準線よりはなはだしく低い場合には、その著作にはなんらの必然性も認められないであろうし、従ってなんらの妙味も味わわれずなんらの感激をも刺激されないであろう。
しかしこれは文学的作品の場合についても同じことであって、アメリカの株屋に芭蕉の俳諧がわからないのも同様であろう。
なかなか手厳しい。
しかしこのように考えると、一体文学と科学の違いはどこにあるというのか?それは、科学が「普通日常の国語とはちがった、精密科学の国に特有の言葉を使うことである。その国語はすなわち「数学」の言葉である。
では、「普通日常の国語」と「数学」はどう違うか。「数学」は、「日常の言葉と違って一粒えりに選まれた、そうしてきわめて明確に定義された内容を持っている言葉である。そうしてまたそれらの言葉の「文法」もきわめて明確に限定されていて少しの曖昧をも許さない」。
しかし、と寺田はいう。
事実は決してそれほど簡単ではない。
「数学は他の畑から借用して来た一つの道具であって、これをどう使うかという段になると、そこにもう使用者の個性が遠慮なく割り込んで来る」と。
ここで寺田が直観しているのは、「数学」が決して厳密に定義された言葉ではないということである。これもウィトゲンシュタインやクリプキを知っている私たちには既に馴染みの考え方であろう(私のウィトゲンシュタイン理解は、『はじめての哲学史』(幻冬舎)に書いたのでそれを見て下さい)。
さらに寺田は、数学が文学的であると同様、文学も数学的ではないか、ということに思いを巡らす。すなわち、
もしも、人間の思惟の方(ママ)則とでも名づけられるべきものがあるとすれば、それはどんなものであろうか。(略)自分はそこにまず上記の微分方程式のことを思い出させるのも一つの道ではないかと思うのである。
人間の思惟の方則、情緒の方則といったようなものがある。それは、まだわれわれのだれも知らない微分方程式のようなものによって決定されるものである。
われわれはその式自身を意識してはいないがその方則の適用されるいろいろの具体的な場面についての一つ一つの特殊な答解のようなものを、それもきわめて断片的に知っている。そうして、それからして、その方程式自身に対する漠然とした予感のようなものを持っているのである。
ここで寺田が述べている「方則」をフッサールは「本質」と呼んだ。ウィトゲンシュタインは、「ルール」と呼んだ。それは、厳密に取り出すことも、根拠づけることもできない。しかし私たちが普通に生活する中で、すでに、つねに知っているものである。フッサールもウィトゲンシュタインも、そしておそらく寺田も、それが厳密に根拠付けられないことに大騒ぎするのではなく、厳密に最終的には決して根拠づけられないにも関わらず、現にそれが通用していることを肯定的にとらえようとしたのである。
寺田の文章はここからどこに向かうのか。それは来週の授業までのお楽しみである。と思ったら、これから2週続けて木曜日の授業はないのであった。
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講演会・井原慶子氏「崖っぷちの覚悟」
新企画、豊橋技術科学大学プレゼンツ 第1回ドリームレクチャーズが開催された。
講師は国際レーシングドライバー井原慶子氏。演題は「崖っぷちの覚悟~世界最高峰への挑戦~」。
モータースポーツの魅力は、人間の本気があらわれるところ
そう語り始められた。
みなさん、これまでの人生で本気を出したことありますか?
私は大学生のころはありませんでした。
他にも「運やチャンスは今をー生懸命生きている人のところに運ばれてくる」「基礎を信じて大切にする」「壁は自分の弱さがでたもの」「限界値までやると体もメンタルも強くなる」など、井原さんが語ると力がある言葉を連発された。
私には覚悟があった。
格好いいですね。
他にも、イギリスの田舎に住んでいたときイジメをうけたという話を明るく紹介された。そしてそれにどう立ち向かったかを。
「真剣にやればやるほど感情がでる」ともおっしゃった。その通りである。
「自分からコミュニケーションとらないといけない」「やり遂げ癖をつける」「時を大切にする」「感性を高める。目以外から多くの情報を得る」等々。
そして、
自分が出来ることを全部やったか、と自問する。全部やって、それだけやって、出来なかったことは、私は一度もない。
覚悟のある人はさすがに違う。
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